子供に教えることのまとめ

子供に教えたいことをいろいろまとめてます。

大正時代1912年〜1926年 約14年間



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明治天皇が糖尿病をこじらせて病死し、大正天皇が即位したところから大正時代は始まる。


大正天皇



2年後に第一次世界大戦が始まる。
人類史上初の世界大戦で4年間続いた。


第一次世界大戦は、オーストリアの皇帝が暗殺されたのをきっかけに連鎖的に起きた戦争。
日本は日英同盟があり、イギリスの要請で参戦。
ドイツ・オーストリア・トルコ・ブルガリアの同盟国側とイギリス・フランス・ロシア・日本・アメリカ・イタリアの連合国側に分かれて戦った。
ドイツの降伏により同盟国側が敗北したが、イギリス・フランスも疲弊した。


第一次世界大戦が始まると、ヨーロッパ各国は中国に手をまわす暇がなくなった。
その隙に、中国に対し「二十一か条の要求」という要求を出し、満州に対する利権を認めさせた。
このため、中国人の間で「排日運動(はいにちうんどう)」が盛んになった。
排日運動とは、日本国外にいる日本人を排除しようという運動。


第一次世界大戦開戦から4年が過ぎ、「パリ講和会議」により第一次世界大戦が終結する。
敗戦国は出席できず戦勝国のみによる取り決めで、国際連盟の設立を定めた。
国際連盟設立の理由は、このような戦争が二度と起こらないように。


戦勝国の日本は国際連盟に加入し、常任理事国になる。
常任理事国はイギリス、フランス、日本、イタリアの4か国で、後にドイツとロシアが加わった。
当初、敗戦国ドイツと共産主義ロシアの加盟は認められなかった。
アメリカは、中立国でありたいという考えから加入しなかった。


ロシアとアメリカが参加しなかったことで、国際連盟はほとんど機能しなかった。


第一次世界大戦が終わったあと、経済は世界的な恐慌が起こっていた。
各国が軍事拡大に動く中、アメリカは軍縮案を提案する。
「ワシントン軍縮会議」と呼ばれているが、その会議に参加した日本は軍縮案に賛成する。
この時、日英同盟を破棄し新たに四カ国協定(アメリカ・イギリス・フランス・日本)を結んだ。


しかしこの軍縮案は日本に不利な内容が多く、約10年後、日本は一方的に脱退することになる。


ちょうどその頃、日本で関東大震災が起こる。
日本史上最大の震災で、死者は10万人を超える。


関東大震災



震災から2年後、「普通選挙法」が成立する。
満25歳以上の男子すべてに衆議院議員の選挙権が与えられた。
女子には選挙権あたえられていない。


同時に反政府組織全般の取締りのため「治安維持法」という法律も定められる。
もちろん理不尽な取り締まりが多く、悪法と言える。
国民のためではなく、政府のための法律。


ラジオ放送が始まった頃、大正天皇が心筋梗塞で病死し、短い大正時代は幕を下ろす。


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